南インド最高の歌姫・M.S.スッブラクシュミ生誕100周年追悼イベント 第2弾
リメンバー・ザ・レジェンド

NEWS  |  M.S.スッブラクシュミとは  |  ご挨拶  |  アーティスト紹介  |  公演情報  |  動画一覧  |  
インドの歌姫M.S.スッブラクシュミ
− ドキュメンタリー上映&南インド古典音楽コンサート −
リメンバー・ザ・レジェンド
NEWS!  

10/18 動画を追加しました。ぜひ、ご覧下さい。
8/21 Facebook開設しました。最新ニュースをお届けします。
リメンバー・ザ・レジェンド
◆ インドの人間国宝 M.S.スッブラクシュミとは?
近代における南インド古典音楽を代表する最高の歌姫。1916 年南インドのタミル・ナードゥ州マドゥライに生まれる。母親のヴィーナ・シャンムカヴァディヴより音楽の手ほどきを受け、後にセマングディ・シュリニヴァーサ・アイヤールやナーラーヤンラオ・ヴィヤースなどの巨匠に学ぶ。弱冠10歳で初レコーディング、11歳で初公演を行い、17 歳にして権威ある「マドラス・ミュージック・アカデミー」で歌う栄誉にさずかる。1945年の映画「ミーラ」への出演でインド内外にその存在を知られるようになり、1966年には4月に来日したガタム奏者ヴィックゥ・ヴィナーヤクラーム氏らとともに国連でのコンサートに出演。1974年にはアジアのノーベル賞とも言われる「ラモン・マグサイサイ」賞をインド人音楽家としては初めて受賞。この授賞を記念したアメリカツアーの帰途日本にも立ち寄り公演を行った。1977年にはニューヨークのカーネギー・ホール、1987年にはモスクワ(当時ソ連)にて開催のインド祭など多くの海外公演を行い好評を得る。1998年インドで古典音楽家としては初めて人間国宝「バーラト・ラトナ」の称号を授与される。

質素で謙虚な人柄で人々から「M.S.」や「M.S.アンマ(お母さん)」の愛称で親しまれたスッブラクシュミは、自らについては多くを語らず、ただその澄んだ歌声で多くの人の心を癒した。コンサート収入の大部分は NPO などに寄付し、常に苦しんでいる人々に救いの手を差し伸べ、自らはシンプルな生活を送った。彼女の持つ類稀なる歌唱力と常に神を心に宿す質素で敬虔な人柄から、多くの人々にとってM.S.は神のような存在であり、そして彼女の歌声もまた「天上の音楽」そのものであった。
 
リメンバー・ザ・レジェンド
◆ M.S.スッブラクシュミ 生誕100周年記念イベント開催にあたってのご挨拶
今年はM.S.スッブラクシュミ生誕100周年ということで、インドでも多くの文化団体が記念イベントを開催しています。彼女が1974年に訪れコンサートを行ったここ東京でも、彼女の音楽を愛するインド人と日本人が共に集まり記念イベント開催し、M.S.の生涯に関する短いドキュメンタリーの上映と、音楽公演を行って追悼の意を捧げることになりました。出演する音楽家の中には、生前のM.S.と親交があったり、彼女の面前で歌を捧げたことのある人もいます。彼らはM.S.の音楽と人柄から多大なる感銘を受けました。M.S.にお会いすること、それは神さまにお会いするようなものなのです。私自身がM.S.アンマにお会いしたのは1997年、チェンナイの彼女のご自宅でのことです。そこの小さな居間でM.S.がいらっしゃるのを待っていた時の気持ちは、今でもうまく言葉にすることができません。壁には各界の著名人とM.S.が一緒に写った写真がたくさんかかっていて、私はそれを眺めていました。興奮を抑えきれずに座っていたところ、廊下の向こうから、お付きの人に支えられたM.S.アンマが私の方に歩いていらっしゃるのが見えました。私は飛び上がるように立ち上がり、持って来た花を捧げると、次の瞬間には、彼女の足もとに跪いていました。これは、インドの伝統的な敬意の示し方です。足下から彼女を見上げると、まばゆい光の中で、M.S.のお顔は神々しく輝いていました。M.S.はやさしい声で、立ち上がってソファーに座るようにとおっしゃいました。そして私に歌を歌うようにとおっしゃったのです。私はとても緊張していましたが、M.S.の飾らない様子と丁寧な所作に、すっかり安心してしまいました。私はクリシュナ神についての歌を歌い、彼女はお褒めの言葉と共に、もっと歌うようにとおっしゃいました。M.S.が私にお話ししてくださっている時、あまりにも謙虚なご様子なので、これほどの名声を得ている人が、どうしてこんなに質素で、優しくいられるんだろう、と不思議に思いました。彼女は「わたしは田舎から出て来た無学の人間で、何にも知りません。神さまはわたしに音楽という贈り物をくださいましたから、わたしはそれを大事にして、一生を捧げました。わたしは音楽しか知りませんし、わたしの知っているほんの少しのことは、どれも全てそのおかげなのです」とおっしゃいました。

M.S.は自身のさまざまな音楽にまつわる体験談を話してくださいましたが、その時の彼女は純真無垢な子どものように好奇心に満ちていました。最後に彼女は私のお願いに応えて一緒に写真を撮ってくれました。そして私が去る時、抱きしめて祝福をくださいました。私の車が去るまで、M.S.がお家の前に立って両手を合わせていらした姿を、今も忘れることができません。それは私の人生における、とても大きな経験になりました。私にとってM.S.は、ただの伝説などではありません。彼女はその神聖な音楽で、人々に癒しと平和を与えるために地上に降り立った女神の化身なのです。M.S.はいつまでも、神聖な伝説であり続けるでしょう。

「MSS 100 Tribute Committee」 代表 ランジット・ダス
 
リメンバー・ザ・レジェンド
◆ M.S.スッブラクシュミ生誕100周年記念イベントに向けて
私が初めて M.S. スッブラクシュミにお会いしたのはまだ4歳の時、チェンナイでのことでした。彼女の前でガネーシャの歌を歌うと、彼女は私に祝福をくださったのです。それから私の母に、しかるべき師匠の元で古典音楽を習わせるように提案しました。それがきっかけで、師であるD.K.ジャヤラーマンのもとで本格的に音楽を習うことになったのです。M.S. アンマが私の家にいらっしゃった時のこと、一緒に来られた夫のサダーシヴァム氏に言われて、私は「シュリンガーギリ・ヴァーシニー」を歌いました。その時M.S.アンマは私と一緒に、数小節を歌ってくださったのです。これは私にとって大変光栄なことで、今でも大切にしている思い出です。それから彼女の娘であるラーダー・ヴィシュワナータンから歌を学んでいる時にも、M.S.アンマは何度か祝福をくださいました。一度、「サダーシヴァ・ウパースマヘー」という歌を教えてもらっている時には、彼女も加わり、何の苦もなく私と同じ男性の音域で歌われたのです。広い音域を持っていたことにとても驚きました。彼女との思い出の一つ一つはどれもが貴く、今でも鮮明に思い出すことができます。日本で開催されるM.S.スッブラクシュミの生誕100周年の記念イベントで歌うことができることをとても幸運に思います。

南インド古典声楽家 バラジ・シャンカル
 
リメンバー・ザ・レジェンド

「リメンバー・ザ・レジェンド」アーティスト紹介


バラジ・シャンカル Balaji Shankar
【ボーカル】
バラジ・シャンカルは南インド・タミルナードゥ州チェンナイ出身/在住の古典声楽家。少年時代を過ごした西ベンガル州の小さな町で4歳から音楽を習い始める。ある日M.S.スッブラクシュミその人が才能を見出し、バラジの母に、彼に音楽の高等教育を受けさせるよう助言。これを受け、後にカルナータカ音楽の中心地チェンナイに居を移し、往年の名人D.K.ジャヤラーマンに師事することとなる。3年にわたり師の全てのコンサートでサポート・ボーカルを務めたバラジの姿を、今も多くの映像で観ることができる。更にジャヤラーマンの姉であるD.K.パッタマル(当時スッブラクシュミらと並び、女声声楽の御三家の一人と謳われた人物)、そしてスッブラクシュミの娘であるラーダー・ヴィシュワナータンの許で研鑽を積み、伝統的な多くの楽曲を学ぶ。16歳でデビュー。錚々たる伴奏者らと共にインド全土及び諸外国にて演奏活動を展開し、後にインド国営ラジオ局でAグレードアーティストに認定される。受賞多数。
ランジット・ダス Ranjith Das
【ボーカル】
ランジット・ダスは南インド・ケーララ州出身の古典声楽家。 父親のラーマダスはムリダンガム奏者であり、恵まれた環境の下、幼少の頃よりカルナータカ音楽に親しんできた。7歳から12年間コマッティル・シャンタクマリに師事、さらにマンガッド・ナテーシャンの許5年間研鑽を積む。1997年にはM.S.スッブラクシュミの自宅を訪れ、彼女に自らの歌声を披露する幸運に恵まれる。スッブラクシュミは満足しランジットを褒め称えた。 大学を卒業するまでケーララ州にて音楽の研鑽を積み、インド各地で多くのコンサートに出演。後にベンガルールでの生活を経て2008年より日本に居を移す。現在東京にて、演奏活動はもとより後進の育成にも精力的に当たっている。
マドゥライ・S.バーラスブラマニアム
Madurai S.Balasubramaniam
【バイオリン】
マドゥライ・S.バーラスブラマニアムは南インド・タミルナードゥ州のバイオリン奏者。 コロンゴード・スンダラム・アイヤル及び巨匠M.チャンドラシェーカランに師事。M.チャンドラシェーカランのソロコンサートではサポート・バイオリンを務め、また自身もソロコンサートを行う。伴奏者としてはマハーラージャプラム・シャンタナムやマドゥライ・G.S.マニをはじめとする名立たる巨匠たちを支えてきた。 インド全土はもちろんのこと欧米をはじめ世界各国での演奏歴を持ち、インド国営ラジオ局Aグレードアーティスト、また誉れ高いカーンチ・カーマコーティ・ミッション認定の名人として活発に演奏活動を展開している。称号の授与や受賞歴多数。
プーヴァヌール・R.V.アイヤル
Puvanur R.V.Iyer
【ムリダンガム】
プーヴァヌール・R.ヴィシュワナータン・アイヤルは南インド・タミルナードゥ州のムリダンガム奏者。父のプーヴァヌール・N.ラーマムールティは優れた声楽家である。
彼はインド国内外で活躍する優れたムリダンガム奏者でありながら、数学の学士であり旬のITコンサルタントでもある。最初の師はクンバコーナム・ラージャッパ・アイヤル、後にラーマナータプラム・C.S.ムルガブーパティ、パーラッカードゥ・R.ラグ、T.K.ムールティといったムリダンガム界の巨人達に師事。T.K.ムールティによるリズム理論の研究に参加してきた(T.K.ムールティは40年にわたりM.S.スッブラクシュミの伴奏を務めた人物)。またYouTube上で「Laya Vikadam Series」と題した企画で、貴重で興味深い動画を多数配信している。
竹原幸一 Koichi Takehara
【モールシン】
東京都出身/在住のモールシン奏者。
2003年より日本とインドを往復しながらT.H.ヴィックゥ・ヴィナーヤクラームにカルナータカ音楽の古典パーカッションを師事。師の運営する音楽学校シュリ・ジャヤ・ガネーシュ・ターラヴァーッディヤ・ヴィッディヤーラヤのモールシンコースを2007年に卒業後、自身の修練と並行して演奏活動とビギナーへのレッスンを開始する。2016年4月「天上のリズム」ツアー全公演に出演、同年8月開校した同校の日本校ではムリダンガムのインストラクターを務める。日印両国での演奏経験多数。
 
リメンバー・ザ・レジェンド
【公演情報】

【日時】 2016年10月29日(土)
     開場:18時30分 / 開演:19時00分
【会場】 東部フレンドホール(都営地下鉄新宿線「瑞江駅」北口より徒歩2分)
【料金】 前売:3,000円/当日:3,500円(全席自由)
     チケットお申し込み方法:mss100tribute@gmail.com
     ※メールの件名に「チケット予約」と明記の上、お名前(複数名ご予約の場合、全員のお名前を明記ください)、      チケット枚数、住所、電話番号をお知らせください。
【企画・主催】 MSSubbulakshmi 100 Tribute Committee
【共催】 「天上のリズム」制作実行委員会

リメンバー・ザ・レジェンド

動画一覧


バラジ・シャンカルから皆様へのメッセージをいただきました!
キュートなタミルおじさまにご注目ください。
ムリダンガムのプーヴァヌール・R.V..アイヤルから!
来日される3人による演奏動画!
スペシャル・コナッコルです!
 
リメンバー・ザ・レジェンド
©MSSubbulakshmi 100 Tribute Committee
design by feve_3